『幸せとお願い』

エイミー:未来が見える少女 ある秘密を抱えている (13歳)
ブライト:天涯孤独の男性 会社をクビになったところをエイミーと出会う(34歳)
アッシュ:エイミーの叔父 エイミーと共に暮らしてきた(30歳)

     

【配役表】

エイミー:

ブライト:

アッシュ:

   

 

 

 

 

 

エイミー「ねえ、おじさん、こんなところで何してるの?」

ブライト:突然幼い声がして、俯いていた顔をあげれば利発そうな少女がこちらを見つめていた。ブロンドの髪に青い瞳、青いドレスに白いエプロン。不思議の国のアリスにでてくる、アリスのようだと思った。

ブライト「君、どうしたんだい?もう夜遅いじゃないか、早くお家に帰らないと」

エイミー「私はねえ、星を見にきたの。ここからだと星がよく見えるのよ?おじさんは?おじさんはお家に帰らないの?」

ブライト:…このままでは引き下がりそうにないので、大人しく少女の質問に答える。

ブライト「俺はね、会社をクビになったんだよ。クビだよクビ、分かるかい?要らないって、会社にポイ捨てされたんだ だから家賃も払えないし帰る家もない、親はいないし親戚もいないし天涯孤独、俺はもうどこにも行き場がないんだ、よ!」

ブライト:持っていたウイスキーの瓶をあおろうとして、もう数滴しか残っていないことに気づく。クソッタレと、心で毒づきながら数メートル先のゴミ箱にシュートしようとした時。

エイミー「ダメ、おじさん!入らないよ!」

ブライト:酔っている手では何もうまくいかない。放物線を描くことなく地面に叩きつけられた瓶は割れた。 不思議な静寂が訪れる。 なぜ、この少女は今瓶が入らないと言い切ったのだろう。 なんて、偶然か、偶然に決まっている。酔って思考がおかしくなってるんだ。頭を振って立ち上がろうとした、またその時だった。

エイミー「おじさん、今立ち上がったら転んじゃうよ!」

ブライト:革靴同士がもつれて前のめりに崩れ落ちる。我ながら恥ずかしい格好だ。

エイミー「だから言ったのに…転んじゃうよって。おじさん、大丈夫?痛くない?」

ブライト:小さな手を差し伸べられて、戸惑う。転んでしまうと彼女は言った。なぜ、断定的にそんなことが言えたのだろうか。さほど酒は顔に出ないタイプの人間だ。それにそんなに酔ってもいない。どうして…この子は…。

エイミー「おじさんビックリした顔してる。落ち込んでるおじさんにね、私の秘密教えてあげようか? あのね…わたし、未来が見えるの」

ブライト:ああ、どうやら、俺の方が不思議の国に迷いこんだアリスだったらしい。

エイミー「アッシュ!ただいまー!」

アッシュ「エイミー!本当に毎日毎日夜遅くまで出歩いて…どれだけ心配してると思って…!って、あれ、そちらの方は?」

エイミー「ブライト!しばらくここに住むことになったから!よろしくってして?」

アッシュ「ちょ、ちょっと何言って…」

ブライト「あの…すみません、いろいろと事情がありまして…」

エイミー:アッシュが、玄関ではなんですからと言ってブライトを家に招き入れ、紅茶を淹れてくれた。 私はミルクをたっぷりいれながらふうふうして口をつけたが、ブライトは緊張しているのかカップに手をつけないまま矢継ぎ早に事情を説明し始めた。

    

    

〜回想〜

    

    

ブライト「…それ、本当かい?」

エイミー「うん、みんなの未来が見えるわけじゃないけど、その人の未来見ることができるよ」

ブライト「そうか…それで俺が瓶を割ったり、転ぶことがわかったのか…」

エイミー「おじさんは嘘だとか、未来が見たいとは思わないの?だいたいこの話をするとみんな嘘くさいだとか、こぞって、未来を教えてくれ!って頼んでくるんだけど」

ブライト「お嬢ちゃんのさっきの芸当じゃ信じるしかないだろうさ。それに、今の俺の未来なんてきっとろくなもんじゃないだろうから聞きたくないよ…そうじゃなくても未来のことは聞かないと思う だってつまらないじゃないか、先のことがわかってしまったら」

エイミー「おじさん、変わってる」 ブライト:少女の瞳がじっとこちらを見つめる。なんだか全てを見透かされているようで、だけど嫌な感じはしなかった。

エイミー「ねえおじさん、行くところがないんだよね」

ブライト「あ、ああ、そうだけど…」

エイミー「それじゃさあ、私のお家に来ない?」

ブライト「へ?何言って…」

エイミー「私のお家は、叔父さんと二人暮しなの。アッシュって言うんだけどね。この秘密を知ってるのはアッシュと、おじさんと、二人だけだよ」 ブライト「ええ!?どうしてそんな大事なこと、俺に話したんだい?」

エイミー「どうしてかは、ナイショ、えへへ とにかく、家においで、ゲストルームならたくさんあるし、アッシュは料理とっても上手なんだから!」 ブライト「ええと、あの…」

エイミー「あ、自己紹介がまだだったわ!私エイミー、おじさんは?」

ブライト「ブライト…じゃなくて、お嬢ちゃん!」

エイミー「それじゃ夜も遅いし、お家までレッツゴー!」

 

   

〜回想終了〜

  

  

ブライト「てなわけで…」

エイミー:アッシュはブライトの説明を聞くと頭を抱えていた。すこし強引だったかな?とは思ったけれど、そこまで頭をぐしゃぐしゃにしなくてもいいのにね。 うんうん唸ってるアッシュをよそにブライトにこっそり耳打ちする。

エイミー「アッシュはね、【カタブツ】だから、気にしなくていいよ 私が夜遅くまで出歩いてるのもすごく怒るんだ」

アッシュ「こらエイミー、ぜんぶ丸聞こえだぞ」

エイミー「ぎく!」

アッシュ「ぎく!じゃないだろう!まったく、しかも秘密を、なんでブライトさんに話しちゃったんだ これは誰にも話さないって、僕との約束だっただろう」

エイミー「う…そ、それは…」

エイミー:この秘密のせいで何度も危ない目にあってきた。 未来を見ろと大金を積まれたこともあるし、涙ながらに頼まれたこともあるし、果ては誘拐されたこともある。だからアッシュはアッシュ以外の人にこのことは言わないって約束をさせたのだと思うのだけど。 だけど、ブライトは違った。未来を見たいとは思わないと言った。 本心だったかどうかわからない。だけど、寂しそうな彼の背中を見ていたら口が勝手に動いていたのだ。 それに、もうひとつ、理由もあった。

エイミー「ブライトなら、きっと、私のお願い、叶えさせてくれると思ったの」

アッシュ「!エイミー…!」

エイミー「えへへ、アッシュ、私にはもうそんなに時間はないみたい」

アッシュ「だから、ブライトさんに話したのか?」

エイミー「うん、ブライトがいいなあって、そう思ったの」

エイミー:アッシュがブライトをじっと見つめる。何が何だか分からないといった顔のブライトに、一つため息をついて、アッシュはわかった、とポツリ呟いた。

アッシュ「ブライトさん、ここに住んでください それで、エイミーの相手をしてやってください」

ブライト「え?どういう、ことだ?反対してたんじゃ…」

アッシュ「エイミーの勢いにやられました それに、ブライトさん、あなたもこのままじゃ野垂れ死にだ 一緒に暮らしましょう」

エイミー「やったあ!やったあ!すごく嬉しい!」

エイミー:ブライトの手を取ってクルクルと回る。まるでワルツのように。喜びの舞だ。 おぼつかない足取りでそれに付き合ってくれるブライトの優しさに涙が出るほど嬉しかった。 それから、凸凹で、奇妙な、共同生活が始まったのだ。

       

 

 

 

 

  

アッシュ「おはようございます、ブライトさん ゆうべはよく眠れましたか?」

ブライト「あ、ああ、おはよう、アッシュ おかげさまでな、グッスリと 服、借りてしまって悪かったな」

アッシュ「いいんですよ、それよりエイミー起こしてきてくれません? あの子寝起きが悪くて…それにちょっと今手が離せないんです」

ブライト:見れば目玉焼きにベーコン、サラダに食パンと、お手本のような朝ごはんが机に並べてあった。

ブライト「ああ、わかった」 ブライト:階段を上ってエイミーと可愛らしくロゴが入ったプレートが吊るされた部屋をノックする。返事はない。もう朝の8時だ。良い子は起きる時間だろう。

ブライト「エイミー?エイミー、入るぞ」 ブライト:ドアノブを押すと可愛らしい女の子の部屋が姿を現した。 至るところにぬいぐるみや、おもちゃがあって、利発そうにみえてもエイミーがまだまだ子供なことがうかがい知れる。そのぬいぐるみたちに埋もれるようにして、陽の光を浴びながら、エイミーはスヤスヤと天使のように眠っていた。

ブライト「エイミー、エイミー起きろ、アッシュが朝食を作って…」

エイミー「パ、パ…ママ…」

ブライト「え?」

エイミー「お願いごと、叶えるから…」

ブライト:泣いている。エイミーが、涙を流している。 そうだ。エイミーはサラッと叔父と二人暮しと口にしたが、両親はどうしたのだろう。 エイミーを置いていってしまったのだろうか。だとすればこれくらいの歳の子は両親が恋しくてたまらないはずだ。 お願いごととはなんだろう。両親との約束だろうか。 胸がぎゅっと締め付けられるのを堪えながら、頬にそっと手のひらをそえる。

ブライト「エイミー、寂しくないよ、俺がそばにいるからな」

 

アッシュ「それで、二人して一時間も寝こけてたって言うんですか!」

ブライト「す、すみません…」

エイミー「しーらないっ!起こしてくれないブライトが悪いんだもん!」

ブライト「エイミー!だいたいお前がなあ!」

エイミー「私がなんだっていうの!」

ブライト「…いや、なんでもない…」

アッシュ「ああもう、これじゃミイラ取りがミイラじゃないですか!朝食は冷めちゃうし!」

エイミー「アッシュのごはんは冷めても美味しいよ?」

アッシュ「そういう問題じゃないだろう!」

エイミー「きゃはは!」

ブライト「その、あの、面目ない…」

ブライト:アッシュの朝食、いやブランチは、本当に冷めても美味しくて、それを褒めたら、出来たての方が美味しいんですけどねと嫌味を言われてしまった。 それを見てくすくす笑うエイミーに軽くゲンコツをすると、大げさに泣く真似をした。 心から幸せな時間だった。 たとえつくりものでも、家族というものを感じた瞬間だった。

 

 

 

 

 

  

アッシュ「さてと、当面はブライトさんの職探し、ですね」

ブライト「うう、そんなことまで手伝わせて、申し訳ない」

アッシュ「いや、いいんですよ、ここのところ、エイミーを見てもらってるお礼です」

ブライト「アッシュは?なにか仕事をしているのか?」

エイミー「アッシュはねえ!ピアノが風邪をひいた時に治してあげるお医者さんなの!」

ブライト「てことは、ピアノの調律師?すごいな、手に職って感じがする」

アッシュ「いやいや、それじゃ食べていけないから、副業もちょこちょこ エイミーが小さな頃からピアノを弾いてあげると喜んだので、それで」

エイミー:アッシュの奏でるピアノの音色は心地いい。 いつも子守唄代わりに聞かせてもらっていた。特に「きらきら星」は本当にきらきらしていて、夜空を見に行けない時は必ず弾いてもらっていた。 私は星が好きだ。アッシュによく、パパとママはどこに行ったの?と聞くと、夜空を指さしてあそこに行ったんだよ、と言っていたから。 パパとママは星になったんだ。そう思った時から夜遅くまで出歩いて、色んなところで星を見てはおぼろげな記憶のパパとママに思いを馳せた。

エイミー「うん!それでね、アッシュのピアノは…ふぁ…」

エイミー:つい欠伸が漏れる。ここのところ、眠たくて眠たくて仕方がない。 一日の大半を寝て過ごすようになっていた。 原因には気づいている。アッシュも恐らく気づいている。 だけどブライトは知らない。知らなくていいのだ。

ブライト「それじゃあ、行ってくるよ」

エイミー「え!ブライトどこに行くの?」

エイミー:空想にふけっていたら話が飛躍したらしい。 ブライトはコートを着て出かける準備をしていた。

ブライト「ハローワークだよ、失業者の行くところさ」

エイミー:突然、ずぶ濡れで屋根の下で雨宿りしているブライトがフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。 ドアノブに手をかけたブライトに思わず声をかけた。

エイミー「ブライト!傘持って行って!今日は雨が降るよ!」

ブライト「…ほんとかい?こんなに晴れてるのに? って、愚問だな、ありがとう!行ってくるよ」

エイミー:傘を持ったブライトがバタンと閉じたドアの向こうに消えた瞬間、ホッと一息つく。 よかった、間に合って。 途端、ぎゅっと心臓を誰かに掴まれたような感覚に、呼吸が浅くなる。 ぜえぜえと息をしていると優しくてあたたかい手がさすってくれた。アッシュだ。

エイミー「大丈夫…大丈夫だよ、アッシュ まだ、平気なの、まだ…」

アッシュ「うん、わかってるさ…大丈夫、大丈夫だよ…」

エイミー:そう、まだ平気のはずなの。 お願い、神様、もう少しだけ時間をください。 彼を幸せにする時間を、私にください。

 

 

 

       

ブライト:その日も雨だった。 ポツポツと降り出した雨はやがて本降りになり、傘を持たない人たちは屋根のあるアーケードで雨をしのいでいた。 エイミーのおかげで傘を持って歩いていることに少しの優越感を感じながら、その横を通り、家路につく。 職は決まらなかったけれど、何口か応募はさせて貰えそうな雰囲気だった。お祝いというわけではないかもしれないけど、今日で俺がエイミーの家に転がり込んで三ヶ月が経った日だ。エイミーの好きなケーキ屋でショートケーキを買ってきた。住所がなきゃ職安にも行けなかった。感謝の気持ちを込めて、だ。 ここのところ寝てばかりいるエイミーも、きっと喜ぶことだろう。

ブライト「ただいま」

ブライト:妙にガランとしたリビングだと思った。 アッシュも、エイミーもいない。この時間なら夕飯を用意して待っているはずなのに。そしてエイミーが飛びついてきて今日あったことをくるくる回る舌で話してくれるはずなのに。 そこで俺は二階のエイミーの部屋に明かりがついていることに気づいた。

ブライト:「エイミー?アッシュ?」

ブライト:そっと覗くと、ベッドに横たわるエイミーとその手を祈るようにギュッと握りしめているアッシュがいた。

ブライト「おい?どうしたんだ!?」

アッシュ「あ…ブライトさん、おかえりなさい すみません、気づかなくて」

ブライト:アッシュの顔は憔悴しきっていた。 一日中そばにいたのだろうか。

ブライト「エイミーに、なにかあったのか!?」

アッシュ「…眠ってるだけです、大丈夫ですよ」

ブライト「眠ってるだけならお前がそんな顔になるわけないだろ!?なにがあったんだ、何か隠してるのか?」

アッシュ「…ここじゃエイミーが起きた時都合が悪い、下に行きましょう」

ブライト:言われるがまま階段をおりる。 テーブルについて何分たったか、しびれを切らしそうになった時、アッシュは重い口を開いた。

アッシュ「…エイミーの力、あれは有限なんです」

ブライト「有限…?どういうことだ?」

アッシュ「ひとつ、未来を覗く度に、エイミーの命の蝋燭のともしびがひとつ、なくなると思ってください」

ブライト「待て!じゃあエイミーはもう!?」

アッシュ「いえ、まだ大丈夫です でも、これ以上力を使いすぎると、命に関わると考えていいでしょう」

ブライト「そんな…じゃあ今朝傘を持っていけって言った、あれだけでも力を使ったことになるのか?」

アッシュ「はい、そうなります」 ブライト:言葉を失った。笑いながら今朝傘を差し出してきたエイミーがフラッシュバックする。 エイミーは俺なんかのために、自分の身体を酷使して幸せな方へ幸せな方へと導こうとしてくれていたのか。どうして?飲んだくれて公園のベンチに座り込んでいた俺なんかのために。

アッシュ「なるべく使わないよう言い聞かせてたんですが、エイミーはご存知の通り頑固な性格で、ブライトさん、あなたを幸せにするんだってきかなくて」

ブライト:なんて残酷なんだと思った。こんなにも優しい子にこんなにも辛い力を与えるだなんて。

ブライト「…やめさせよう エイミーに、この力を使わないって約束させるんだ」

エイミー「約束なんてしないよ」

ブライト:はっと振り向けばパジャマ姿のエイミーがいた。いつの間に起きていたのだろう。 驚く俺たちをよそにエイミーはゆっくりと階段をおりてくる。

エイミー「私ね、唯一パパとママとの『お願い』で覚えてることがあるの その力を使って誰かひとりを幸せにしなさいって それがあなたの幸せになるからって だから、私は絶対、ブライトが幸せになるまでこの力を使い続けるの」

ブライト「馬鹿を言うな!それで命を落とすんだぞ!分かってるのか!」

エイミー「分かってる」

ブライト:静かな目だった。 だけど、確かに覚悟を決めた目だった。

エイミー「初めて会った時から、この人を幸せにするんだって思った 未来なんて見なくていい、そう言ってくれた 天涯孤独で、寂しそうで、私と少し似てて それに私のこと、アッシュのこと、大切にしてくれた ブライトだから、幸せにしてあげたいの 就職して、働いて、素敵な人と出会って、素敵な家庭を築いて ね?幸せでしょ?」

ブライト「エイミー…!だったらこんなに近くにいるアッシュを幸せにすればいいじゃないか!」

エイミー「…私にはね、アッシュの未来は見えないんだ…」

ブライト「そんなっ!」

ブライト:両親との約束は、このことだったのか。 彼女の胸に刻まれてきた『お願い』は、誰かを幸せにすること。そのためにエイミーは力を使い続ける。それをエイミーは望んでる。 やりきれないと思った。アッシュもそう感じたのだろう、部屋の空気が重くなる。

エイミー「ふふ!ねえ、アッシュ、きらきら星弾いてよ」

ブライト:突然、おどけたような口ぶりでアッシュにお願いをするエイミー。ぽかんとしてるアッシュにエイミーはさらに続ける。

エイミー「きーらきーらひーかーる、おーそらーの、ほーしーよ」

ブライト:綺麗な歌声だった。 何度も何度も口ずさんできたのだろう。幼いけど、優しくてあたたかな声。 そうだ、はじめて公園で声をかけてくれた時も、こんなに優しい声をしていた気がする。

エイミー「まーばたーきしーてはー…みーんなーをみーてるー…」

ブライト:アッシュが立ち上がってピアノの前に座る。 鍵盤から美しい旋律が流れ出し、エイミーの声と混ざり合う。

エイミー「きーら、きーら、ひーかーるー…おーそらーのー…ほーしよー…」

ブライト:なぜだか、無性に涙が零れた。ふいてもふいてもとまらない涙、ついには嗚咽が漏れてしまった。 気がつけばエイミーの声も震えていて、鍵盤を叩くアッシュのても震えていた。 みんな気持ちは同じだった。 生きたい。生きていてほしい。死んでほしくない。 そっとテーブルの隅においてあったケーキの箱を開けると、持ち方が悪かったのか3つのケーキがぐちゃぐちゃになっていて、余計に悲しくなってまた泣いた。

  

  

  

  

 

 

   

エイミー:三人でひとしきり泣いて、いつの間にかきらきら星の演奏がストップして、静寂が流れた。 これで、いい。これでいいんだ。 ブライトが幸せになって、私は眠り続けて、やがて死ぬ。 そうしてもいいと思えるほどの人に出会えたことを感謝しなくちゃ。 そう思ってふっと笑った瞬間、ブライトは箱から手づかみでケーキを食べだした。

エイミー「ブ、ブライト!?なにしてるの!?」

エイミー:アッシュも驚いた顔でブライトを見つめていた。 クリームを顔中に付けてブライトは大声で叫び出した。

ブライト「うるせえ!何が幸せだ、何が未来だ、そんなのな!たかだか十何年しか生きてないお前に決められてたまるか!」

エイミー:口をもごもごさせながら憤慨したようにそう言い切ったブライトはケーキを飲み込んでまだ続ける。

ブライト「幸せだ!?そんなもんもうとっくに感じてる!ここ三ヶ月、俺は知らなかった家族のあったかみってやつを知った!エイミーが笑うとこんなにあったかい気持ちになるのかと驚いた!アッシュのメシがこんなにうまいのかと驚いた!三人でいればこんなに『幸せ』なんだって思った!だから、もうかなってる、エイミー、お前の『お願い』はもうかなってるんだよ!このバカ!アホ!ひとりで勝手に思い込みやがって!お前が俺を幸せにするって言うならな、俺だってお前を幸せにしてやるぞ!」

エイミー:言いながらブライトはまた泣いた。 涙でぐちゃぐちゃの顔を見て、その言葉を聞いて、なんだか私も涙が出てきた。 言い表せない何かが溢れ出して止まらなかった。 そっか、そっか、もう幸せだったんだ。 私も、幸せになっていいんだ。 見ればアッシュも目に涙をうかべてる。 この三人で生きて、私も、ブライトも、アッシュも、幸せなのか。そうか。そうなのか。 不意におかしくなって、今度は笑いが止まらなくなった。

エイミー「ふふ、ふふふ!あははは!」

ブライト「何がおかしいんだ!こっちは真剣に!」

アッシュ「あはは、僕まで笑えてきた…!だってブライトさん、真剣なのに、顔中クリームだらけ!」

ブライト「え、あ…」

アッシュ「あははは!」

エイミー「あははは!」

エイミー:幸せの形なんてひとつじゃないんだ。仕事して、結婚して、家庭を持って、その道だけが幸せじゃないんだ。 どうしてこんな当たり前のことに気づけなかったんだろう。 こうして笑いあえてることこそが幸せそのものじゃない。ホント馬鹿ね、私ったら。 クリームを拭うブライトを見つめながら思う。 この人に出会えてよかったと。 あの時声をかけたのは、間違いじゃなかったと 。

 

エイミー:パパ、ママ、私、『お願い』、叶えられそうだよ。

 

 

 

 

 

エイミー「ブライトの就職にカンパーイ!」

ブライト:カチンと三人分のグラスのかち合う音がする。 テーブルの上にはアッシュが腕によりをかけたご馳走が並んでいた。 晴れて就職の決まった俺のお祝いパーティだと二人は言ってくれた。

アッシュ「あの会社すごく中途採用の倍率が高いのに、よく入れましたね!流石、ブライトさん」

ブライト「よしてくれよ、たまたま懇意にしてた取引先だったってだけで、俺の実力じゃない」

エイミー「運も実力のうちって言うよ?本当によかったね!ブライト!」

ブライト:ニコニコとした二人の笑顔を眺める。 これからは家賃も食費もアッシュに頼らなくて済む。それが本当に嬉しかったし、なにより自分がまだ社会に必要とされていたことが嬉しかった。 そして。

エイミー「ねえ、ブライト」

ブライト「ん?なんだ、エイミー」

エイミー「いま、幸せ?」

ブライト:出会った頃と同じ、優しい笑顔でそう問いかける少女に俺はにっと笑ってこう返した。

ブライト「ああ、すっごく、幸せだよ」

 

 

 

 

~Fin~

 

 

2020.03.02 みたに

inserted by FC2 system