『刺青(しせい)』

イズミ:ウロと出会い刺青に憧れる少女(20歳)
ウロ:元刺青の彫師 イズミに刺青を彫ってほしいとせがまれている(35歳)
マダラ:ウロの友人 温厚で人当たりが良いが全身は刺青とピアスだらけ(34歳)

 

【配役表】

イズミ:

ウロ:

マダラ:

 

 

 

 

 

 

  

 

 

イズミ:私が出会ったのは、顔中ピアスだらけの、まるで純粋な男性たちでした

 

ウロ:「また来たのか?いい加減しつこいぞ」

イズミ:この人はウロさん。彫り師だ
ウロさんに彫ってもらいたい人はこのアンダーグラウンドの世界で山ほどいる
背中、腕、脚、果ては性器まで
ウロさんの手にかかれば魔法みたいに美しく、そして気高い刺青が完成する

マダラ:「まあ、いいじゃないですか、彫ってあげても
もうイズミちゃんだってハタチ超えてるんだし、イチイチ言ってると親みたいですよ?」

イズミ:ニコニコとした顔面にはやはりピアスが埋め込まれてる
この人はマダラさん。ウロさんのお店の常連で、刺青の入ってないところがないと噂の人物だ
優しくて愛嬌があるけど、怒らせると誰も止められなくなるという噂もついでについてまわってる

イズミ:「そうですよ、ウロさん。観念してわたしに刺青彫ってください」

イズミ:わたしはイズミ。高校を中退してそのまま行くあてもなくフラフラしていたらいつの間にかハタチになり、ウロさんとマダラさんとは働いてるバーで出会った。といっても清掃係だけど

ウロ「ダメなものはダメだ
大人しく帰れ、送っていくから」

イズミ:「いやです、今日という今日は店の前からどきません!」

マダラ:「ははは、大変だねえ」
 

 

 

 

 

イズミ:「うわ、すごいピアスですね」

イズミ:すれ違う時、思わず口に出していた
ウロさんは少し酔っていたのだろう
歯を見せて笑いながら手招きをしてきた
もちろんその唇にもピアスがついている

ウロ:「俺が怖いか?」

イズミ「…いいえ、羨ましい、と思います」

ウロ:「羨ましい?どこがだ」

イズミ:「ピアスってあけたことないけど、友だちがスカッとするって言ってたから
そんなの何回も味わってるの羨ましいなって思って」

マダラ:「あはは、なるほどな
そりゃ羨ましいと思うかもしれないな
おっと、横から失礼?
俺はマダラってんだ、でこっちが」

ウロ「ウロだ」

マダラ「なあお嬢ちゃん、刺青に興味無いか?
ウロさんは界隈じゃ有名な彫り師なんだぜ」

ウロ「おい、マダラ!…俺はもう…」

マダラ「いいじゃねえか、な、お嬢ちゃん
自分を変えたいと思ったことはねえか
スミを入れるとな、人生が変わるぞ」

ウロ「んなこたねえよ、あんなもん
ただ銭湯に行けなくなるだけのシロモンだ」

マダラ「ハハハ!あんたがそんなこと言ったらスミの界隈は崩壊したも同然だな」

イズミ「あの!…わたし、興味、あります」

イズミ:なぜだろうこんなにも心強くひかれたものなどなかったというのに
今は、その「スミ」というものが堪らなく恋しい
まるで、今まで体の一部を誰かに持ち逃げされていたかのような、それを取り返せるとわかったような、そんな気分だった

イズミ「わたしに、刺青を彫ってください」
 

 

 

 

 

ウロ:その出会いから3ヶ月
イズミは毎日のように俺の店に顔を出してはスミを彫れと命令してくる。若さってのは無鉄砲で怖いもの知らずだ

ウロ「だいたいあの時なんでスミなんて勧めた
お前のせいだぞ、マダラ」

マダラ「ウロさん分かってないね
無垢な少女の背中にスミがのってる
その背徳感がたまらねえんじゃないですか」

ウロ「おまえ、そんなことのためだけにそそのかしたのか」

マダラ「いやあ、彼女にはなにかありますよ
ウロさんもそう感じてるから、いつもならもう二度とスミは彫らないって言って門前払いなのに、今回は渋ってる
違います?」

ウロ「ンなもん感じてねえよ
ガキに付き合ってる暇がねえってだけだ」

ウロ:ニヤニヤと厚かましい顔に煙草の煙を吹きかけてやる
奴は盛大にむせて涙目になってやがった
いい気味だ
そろそろ、今日もイズミがやってくる時間だ
そんな時間を覚えちまうほど毎日正確にやってくるイズミにどこか他人とは思えないものを感じてるのは、否定できなかった

ウロ「俺はどうすりゃいいんだろうな」
 

 

 

 

 

マダラ:とか言って、ホントはイズミちゃんのこと、重ねちゃってるんじゃないですか?

マダラ「なんて言えねえよなあ〜」

マダラ:夜の新宿をレモンチューハイ片手にブラブラと歩く
途中キャッチの兄ちゃんと世間話しながら、深夜徘徊。みんな、俺の顔を見て道をあけてくれる
俺がウロさんと出会ったのは友人の紹介だった
一目でこの人にスミを入れてほしいと思った
なぜと言われれば、わからない
ただ、ウロさんがいっとう寂しそうな人間に見えたからかもしれない

イズミだってそうだ。
あのバーで、清掃してる後ろ姿があまりに寂しくて、そして声をかけたウロさんがあまりに嬉しそうで、ああ、寂しいもの同士はこうやって惹かれ合うのかと思ったものだった

刺青は一度彫ればよほどのことがない限り消えることは無い
寂しがりの2人にはぴったりの絆になると思ったのだ
だけど

ウロ「だから、何度言わせるんだ、彫らないって言ってるだろ」

イズミ「ケチ!お金なら貯めてきたって言ったじゃない!なんの問題があるの!?」

ウロ「お前はまだ分別のつく歳じゃない
もっと大人になって自分の身体を大事にできる歳になってからにし
それに、俺はスミはもう…」

イズミ「今がいいの!今じゃなきゃダメなの!」

ウロ「はあ、どうしてそう聞き分けがないんだ」

イズミ「わたしは!ウロさんの娘さんじゃない!!」
 

 

ウロ「お前…」

イズミ「ウロさん、既婚者だったんだね、常連さんが教えてくれたよ
刺青のデザインが気に食わないってウロさんを刺そうとしたヤツが家に忍び込んで奥さんと娘さんを刺したんだって
どっちも、助からなかったって」

ウロ「っち、余計なことしゃべるやつもいたもんだ」

イズミ「わたしは生きてたらその娘さんと同い年なんだってね
だからってわたしに刺青を彫らない理由にはならないよね
死んだ人はしゃべらな」

ウロ「うるせえ!!!」

イズミ:はじめて聞いたウロさんの激昴だった

ウロ「娘と重ねてる?誰に吹聴されたのか知らねえがンなのは全くのデタラメだ!!
おかしなこと言ってると二度とこの店来れないようにその足ズタズタにしてやるぞ」

イズミ:ウロさんが怒れば怒るほど、わたしは冷静だった

イズミ「ウロさん、寂しいんだね」

ウロ「…っは?」

イズミ「わたしも、寂しいんだ
ねえ、刺青、彫ってよ
これさえあれば寂しさも乗り越えられるって、そう思わせてよ」

イズミ:ウロさんの闇より真っ黒な瞳がわたしをじっと見つめる
何秒、何分経っただろう
突然、バーで出会ったあの時のような笑顔を見せたウロさんはにっと笑ってこう言った

ウロ「お前には、負けたよ」
 

 

 

 

 

 

 
マダラ「今日だっけか、イズミちゃんが背徳美少女に生まれ変わる日は」

イズミ「マダラさん、何言ってんの
それに刺青には何ヶ月もかかることが多いんだよ
今日明日で生まれ変わるなんて出来ないよ」

マダラ「いやあできるね、あの部位をアルコールで消毒されて、スミをひとつ入れられた瞬間からイズミ、キミは元に戻れなくなるのさ」

イズミ「なにそれ、芝居がかった口調」

マダラ「とにかく、もっとよく考えなくていいのか
ウロさんのスミは美しいけどそのぶん激痛が伴うぞ
俺でさえ最初は涙が止まらなかったんだから」

イズミ「ウロさんとの約束なの
絶対に施術してる間は声を上げないって」

マダラ「はあ!?鬼だな、あの人……」

イズミ「でもいいの、これで寂しくなくなるから」

イズミ:そう言うとマダラさんはふっと笑って頭をわしゃわしゃとかき回してきた

イズミ「ちょ、ちょっとマダラさん!」

マダラ「ははは、ウロさんのこと、頼んだぞ」

イズミ「何言ってるの、任せてよ」
 

 

 

 

 

ウロ:俺の店は看板が出ていない 表向きはアクセサリーショップだが地下室に刺青を彫る場所がある

イズミ「ウロさん?」

ウロ「ああ、来たか
んで、何を彫ってほしいんだ?
デザイン画は描いてきたんだろうな」

イズミ「もちろん!これ見て」

ウロ:そう言ってイズミが差し出してきたのは百合の花束だった

イズミ「純潔に、清廉に生きていこうと思って
でも、おかしな話かな、刺青を入れるってことはもう純潔じゃないのにね」

ウロ「そんなことない、これは神聖な行為だ」

ウロ:とても、イズミにピッタリのデザインだと思った

ウロ「じゃあ、はじめるぞ」

ウロ:そっと手の甲をとって、そこに口付ける
何故かそうしなければいけないとかんじた

イズミ「ウロさん…」

ウロ「寂しくなくなるように、おまじないだ」

ウロ:笑いかけてやると、イズミはいっとう嬉しそうにこちらを見つめていた
世界に嫌われていたと思っていたけれど、今この瞬間だけは、愛されているのではないかと感じた

ウロ「さあ、はじめるぞ」

 

 

 

 

 

 ~Fin~

 

 

2020.03.02 みたに

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